地域を守る文化財のお寺を巡る 長野県県内には約1,600のお寺が点在する。美しい山門や三重塔、見事な茅葺があるお寺などそのバリエーション豊かである。祈りを捧げる地域の人々の真摯な思いがその遺産を後世へと繋いでいきたい。 金華山 常慶院 金華山常慶院は、信州の北端、新潟県津南町との境に位置する、曹洞宗の寺。信濃の国と越後の国の国境に近い奥信濃の地で勢力をふるった武家の一族である市河家が、室町時代・応永5（1398）年に開基し菩提寺となる。現在の地に移されからも、有に300余年は経っているが、その間、豪雪地帯での風雪に耐え今日まで、重厚で気高い姿をみせている。仁王様を安置している仁王門には、信越両国にまたがって、9カ寺の末寺を持つ意の、「信越界禅林」と書かれた扁額が残り、その色鮮やかな彩色が残っている。 そこから、石畳の参道を進んでいくと山門が現れる。入母屋造りの三間楼門の楼上には、鳳凰をはじめ、亀や人。獅子、龍そして牡丹など、まことに手の込んだ彫刻が施されている。2階は匂欄をめぐらしてある。この山門は、今から150年ほど前に、越後の棟梁によって総欅造りで建てられており、その美しい姿から奥信濃の陽明門とうたわれている。 高山寺三重塔 大同2（807）年、坂上田村麻呂が戦勝祈願のために高山寺の観音堂を建立したのが始まり。中世様式の影を残す江戸中期の建築で、質素な佇まいの中にも気品が溢れ村指定の文化財になっている。秘仏である御本尊聖観音像は1年に1度8月10日に開帳され、その頃は多くの人が訪れる。この観音堂は信州に33カ所ある信濃観音霊場巡りのひとつであり、麻績の法善寺を一番とする、信濃三十三番最終の33番目「結願所」でもある。33という数字は観音様が姿を33通りに変え、人々を苦しみや悲しみから救うことから言われた数で、御利益にあずかろうと平安時代の京都を中心に生まれた信仰でもある。人里離れた場所に寺が建立されたのは、新潟県から鬼無里を経て、東筑摩郡麻績村へと通じた信越古道の通り道だったからである。 高山寺の観音堂に見守られるようにして立つのが三重塔だ。鎌倉時代の初期、建久6（1195）年に初代征夷大将軍として知られる源頼朝公が建立した。美しく剛健な塔は昭和60（1975）年に県指定文化財に登録されている。塔にはがない縁がめぐらされ、脇間は四面とも板張り。軒の下を支える斗栱が三段になっている三手先という最高の作りで、力強く軒を支える姿が印象的だ。 清源山花蔵院 智識寺 温泉街から少し離れた場所に建つ、智識寺。麻績村へ抜ける山道の途中に建つ。奈良時代・天平年間（７２９～７４９年）に、聖武天皇が創建したと伝わる。智識寺の大御堂は、国の重要文化財に指定されており、寄棟造、妻入茅葺屋根が堂々たる表情を見せている。入口には仁王門があり、こちらの屋根も茅葺き。両脇には大きなわらじが吊されており、風情がある。仁王門をくぐった正面にあるのが智識寺の大御堂。この大御堂の中には、国重要文化財の木造十一面観音立像（本尊）と、棟札２枚がひっそりと安置されている（内陣見学は要申請）。身の丈は３mの十一面観音立像は、県内では唯一ケヤキの一木造。全国でも数体しかないと言われるひとつで、行基の作と伝えられる。 室町時代後期から、この一帯を収めていた村上氏が大切に守り、氏が滅亡後も仏像は残り、今日に姿を見ることができる。智識寺は梅雨時から初夏にかけてアジサイが境内に咲き誇り、アジサイ寺としても有名だが、秋の鮮やかなカエデが彩る境内の様子は見事。燃えるような紅葉の時期ともなれば、境内は、目にも鮮やかな真っ赤なカエデの木々の葉がゆれ、風格ある茅葺屋根を一層引き立ててくれる。 龍王山 中禅寺 中部日本最古の木造建築の、真言宗智山派の寺院「中禅寺」。創建は空海が雨乞いの祈祷をするために草庵を結んだのが始まりと伝えられている。また、仁王門に安置されている金剛力士像は、近年の調査で平安時代末期の作像とされ、全国的にも貴重な像とされている。寺は、信州の鎌倉とよばれる塩田平の南方、独鈷山の麓に建ち中部最古の木造建築として知られている。建物は、東西南北のどちらから見ても柱が4本立ち、柱と柱のが3つある、「方三間 宝形作り」という平安時代の終わり頃に行われた様式。茅葺き屋根の薬師堂と、本尊の薬師如来座像、神将像とともに、国の重要文化材に指定されている。 茅葺き屋根のてっぺんには、少し先の尖った宝珠や、その下には四角な露盤とよばれる台を乗せてある。これが宝形作り。そして扉は、正面に3カ所、残りの3方に1カ所ずつあり、板を貼った板壁なのが見てとれる。　このような建て方は、岩手県平泉にある中尊寺の金色堂などが代表的な例。信州にもそのような建築物が残り、中部日本最古の木造建築としての威厳と風格を今に伝えている。 慈眼山 清水寺 松本平を一望する東筑摩郡山形村小坂。標高1,250mの自然豊かな場所に立つ慈眼山清水寺は、天平元（729）年に行基自ら千手観音を彫り安置し、この地に寺を創設。延暦年間には坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際に、大願成就を祈願したところ成功を収めたので、寺に安置されていた千手観音を京都へ移した。それが京都の清水寺になったという説もある由緒ある寺である。全国に「清水寺」の文字を持つ寺院は100以上あるが、そのほとんどは「せいすいじ」と呼ばれている。しかしここは「きよみずでら」と呼ばれていることからも、京都の清水寺とはゆかり深いものと言えるだろう。 以来、真言密教の祈願寺として今日まで時を刻んできたが、密教の祈願寺であるため檀家がなく、幾たびか荒廃してきた歴史を持つ。現在は、寺や境内の管理は地区の有志により保存会が行っており、村人の心のよりどころとなっていて、本堂や境内にある鐘楼をはじめ、石の仁王尊像や、石の三重塔などが「村指定文化財」であり大切に守られている。 本堂は享保11（1726）年に建立。三×五間妻入りのなだらかな曲線が美しい屋根が特徴的なことに加え、屋根を支える蛙股に施された細工と白い柱のコントラストが、一層屋根の形を引き立たせる。 宝積山 光前寺 平安時代前期、貞観２（860）年に、本聖上人によって開基された、南信州随一の祈願霊場。境内は杉林に包まれ樹齢数百年の巨木も多い。　 十余棟の堂塔のほか、蘭渓道隆式池泉庭園や築山式枯山水風、築山式池泉庭園と３つの庭園があり、昭和42（1967）年、「光前寺庭園」の名で、６.７haに及ぶ全域が国の名勝に指定されている。 本堂は、入母屋唐破風造りこけら葺きの建築様式で、江戸時代後期、嘉永４（1851）年に再建されている。本堂へ向かう仁王門は、昭和19（1944）年に再建されたものだが、門内の金剛力士像は室町時代に、七乗門院雲慶、十三代慶延が法眼したと伝わる由緒あるもの。門をくぐると、空気が変わったように深閑とする。 また、本堂の左手前に南信州唯一の三重塔が建つ。美しい姿をしており、彫刻は江戸中期から後期に活躍した大工、立川和四郎の手によるもの。塔内には五智如来が安置されている。 そして、本堂の南側には、村人を苦しめていた怪物（老ヒヒ）を退治したという寺の飼い犬・早太郎伝説の、霊犬早太郎の墓が建っている。 泉龍院 中央アルプスを正面に望む高台に威風堂々と建つ泉龍院山門。院の創建は永享11（1439）年、信濃国伊那郡の小豪族であった知久為行、敏範父子が開基となり、物外性應禅師を招いて開山したのが始まりと伝えられる。以来、知久氏に庇護され寺運も隆盛するが、天文23（1554）年に武田氏の兵火により焼失。慶長6（1601）年に再建再興されている。 現在の山門は、文政元（1818）年11月に当山・第26世快芳悦巌が造立したもので、間口7.2m、奥行6.3m、高さ12 .8mの二層楼。入母屋、銅板葺き、三間三戸の楼門形式で上層部二階の内陣は七畳敷で漆黒の須弥檀の上に釈迦三尊・十六羅漢・四天王像が安置されている。三間三戸の八脚楼の門は、どこから眺めても極めてバランスの良い秀麗な姿である。四面には雄渾秀麗なる彫刻が、・立川和四郎の弟子であった小松松四郎によって施されている。 各柱上部の木鼻には唐獅子をはじめ麒麟、象、猿、金翅鳥など、繊細でありながら今にも飛び出して来るような力強さと激しさを感じられる。また各柱の上部にとを通して台輪と大斗をのせ、三手先の斗棋を組み天丼と回廊を支えているのも特徴。昭和57（1982）年に豊丘村指定有形文化財に指定されている。