軽井沢は歴史的建造物の宝庫 軽井沢別荘建築史で最上質といわれる米国人宣教師のW・M・ヴォーリズ氏設計による別荘や、日本の伝統的木造建築とモダニズムが調和した別荘、堀辰雄の代表作「美しい村」に登場した山荘など歴史的にも価値の高い建築物がたくさん残っている。これらの建物は国際的なリゾート地として歴史を語る上でも欠かせないもので、この大切な文化的な遺産を次世代にも残していきたい。 旧朝吹山荘「睡鳩荘」 昭和16（1941）年、日本に帰化した米国人宣教師ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。彼が設計した建物は、軽井沢町内に今もなお、古き佳き佇まいを残して数多く点在しているが、中でも睡鳩荘は、軽井沢別荘建築史の中でも最も上質だとして、歴史的価値のある建造物として今に伝わっている。三井財閥の重鎮・朝吹英二の子息で、帝国生命保険会社や三越の社長を歴任した実業家・朝吹常吉の別荘として建てられた。その後、常吉の長女であり、ボーヴォワールやサガンの翻訳家として有名な、朝吹登水子が別荘として使用した。 「睡鳩荘」は、軽井沢をこよなく愛し、毎夏この別荘で過ごすことを楽しみにしていた登水子女史の没後、塩沢湖畔の軽井沢タリアセン内に移築。平成20（2008）年から一般公開している。翌年、「軽井沢緑の景観」特別賞を受賞するなど、ヴォーリズ建築が軽井沢の緑の中に、現代でもなお一層美しく調和することを実証している。 建物は、木造2階建て建築山荘風のバルコニーが印象的。ヴォーリズ煙突と呼ばれる暖炉の煙突があるのも特徴のひとつ。「睡鳩荘」の由来は、三井財閥の総帥・益田孝がかねてから購入を望んでいた朝吹家所蔵の〝眠り鳩を描いた掛軸〟を売り、その代金で別荘を建てたことから名付けられたと言われている。 アントニン・レーモンド アトリエ「夏の家」 外国人宣教師A・C・ショーにより拓かれた軽井沢は、多くの在日外国人らが別荘を建てて夏ごとに訪れたりと、避暑地としての歴史を歩んできた。聖パウロカトリック教会は軽井沢のシンボル的な存在としても知られるが、その教会を建てた建築家で、前川國男、吉村順三らが師事したアントニン・レーモンドによる自身のアトリエ兼別荘もまた、特筆すべき建物だ。旧帝国ホテルの設計に携わるために来日中だったフランク・ロイド・ライトのスタッフとしてともに来日して以来、日本に住み、昭和8（1933）年にこの建物を建てた。ル・コルビジェに強い影響を受けていて、この建物もコルビジェの未完成の邸宅「エラズリス邸」によく似ているともいわれる。 下見板張りや引き戸など、日本の伝統的木造建築の様式を生かしつつ、左手の屋根上部はV字にへこませて骨組みの美しさを表現したりと、モダニズムが注入されている。日本の建築家がこぞって西洋の建築を取り入れようとしていたなかで、この建物は木造とモダニズムが調和した建物として、多くの建築家の参考にされたという。 取り壊しが決まったとき、それを惜しんだ民間人が現在の場所へと移築し、フランス人画家、レイモン・ペイネの個人美術館として再生した。唯一、現在は美術館であるため窓の開閉が自由でないことが残念ではある。 堀辰雄 1412番山荘 軽井沢町の南に位置する「軽井沢タリアセン」。塩沢湖畔に作られた、「自然、美術館、文学」と「遊ぶ」が融合した複合レジャー施設。タリアセンとは、ヨーロッパの最古の言語のひとつウェールズ語で、「輝ける額」という意味。知恵者の芸術の妖精〝タリエシン〟から名付けられた。施設内には歴史的建造物がいくつか移築されており、その中のひとつが、「堀辰雄1412番山荘」。 当初は万平ホテル近くの由緒ある別荘地・旧軽井沢釜の沢にあったもので、軽井沢の地をこよなく愛した作家・堀辰雄氏が、作家・川端康成氏の仲介で昭和16（1941）年に、アメリカ人の聖公会牧師パーシー·Ａ·スミス氏から仕事場として購入したもの。1412番は釜の沢時代からのハウスナンバーだ。以来、昭和19（1944）年まで毎年初夏から秋にかけて滞在した。 圧巻は玄関の天井の梁。落葉松の丸太を剥き出しのまま使っており、野趣溢れる佇まいながら洗練された気配にまとわれる。外壁は杉の皮を貼り、木の皮葺のバンガローも趣深い。 亜武巣山荘 旧軽井沢の閑静な森の中に立つ「亜武巣山荘」は、国の登録有形文化財指定の建物。カナダ人宣教師M・E・アームストロング女史の帰化名、「亜武巣マーガレット」女史を記念して名付けられた山荘。友人であったW・M・ヴォーリズが1920年頃に、近江兄弟社の貸別荘として建てたものを譲り受けたといい、現在の所有は女史が創設した富山市のアームストロング青葉幼稚園だが、長期間使われておらず損傷が激しかった。同園理事長、地元軽井沢の軽井沢ナショナルトラストなどが協力し、2013年までに一部改修が完了し利用が再開されている。また、その日を祝し川原石で造られた暖炉の火入れ式も行われるなど、新しい時を刻みはじめている。 建物は地上2階、地下1階という外観は、ともすると3階建てに見えるところが秀逸。屋根は切妻造鉄板葺、外壁下見板張の簡素な佇まいではあるが、広くとられた連続窓が印象的。内部は天井に丸太が走る根太天井という山荘風の装いで、板壁の質感も一層雰囲気を誘う。 山荘の敷地には氏の出身地・カナダの国旗に描かれるサトウカエデの巨木が残り、緑の眩しい季節には木漏れ日が美しい。今後は、富山からくる園児の遠足、フォトウェディングのロケ地に使用され、信州の、軽井沢の宝は大切に守られていく。